THE GREATEST ROCK FUKUOKA
THE GREATEST ROCK FUKUOKA
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チケット概要
VVIP席
118,000円(税込)
特典:グッズ付、専用入場ゲート、ご飲食可能なスーパーボックス利用可
※スーパーボックスは、ゆったりとお食事をお楽しみいただける専用ラウンジ空間です(ライブ観覧は客席にてお楽しみいただきます)
※混雑を離れ、上質な空間でくつろぎながら特別な一日をお過ごしいただける最上位席です
VIP席
49,800円(税込)
特典:グッズ付、専用入場ゲート、ご飲食可能なスタンドエリア利用可
※専用飲食エリアにて、快適にお食事をお楽しみいただけます(ライブ観覧は客席となります)
※一般席とは異なる、ゆとりある環境でライブをお楽しみいただける特別席です
アリーナ席
29,800円(税込)
※ステージ至近で、アーティストの熱量をダイレクトに体感できるエリアです
スタンド席
Sスタンド席:19,800円(税込)
Aスタンド席:17,800円(税込)
※ステージ全体を見渡しながら、落ち着いてライブをお楽しみいただけます。
車椅子席
29,800円(税込)
※アリーナ後方の専用車椅子観覧エリアになります
<出演>
JOURNEY、NIGHT RANGER、BAND-MAID and more
【THE GREATEST ROCK FUKUOKA】 特設サイトはこちら
主催:福岡ソフトバンクホークス株式会社
企画制作:ウドー音楽事務所、SMASH、スペースシャワーエンタテインメントプロデューシング、イープラス、BEA
後援:FM FUKUOKA
【お問い合わせ】
BEA:092-712-4221 (平日12:00~16:00)
先行予約
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受付前
最速先着先行
4月21日18:00〜
5月4日〜23:59
BIOGRAPHY バイオグラフィ
JOURNEY / ジャーニー
1973年サンフランシスコにて、サンタナに参加していたニール・ショーン(g)、グレッグ・ローリー(key,vo)、ロス・ヴァロリー(b)が中心メンバーとなり結成。75年に『Journey』でデビューを果たし、その後立て続けに2枚のアルバムを発表するも商業的な成功を得ることはできなかった。77年に新たなヴォーカルとしてスティーヴ・ペリーが加入すると、状況は一気に好転。78年、4作目となる『インフィニティ』を発表すると、バンド初のプラチナ・ディスクを獲得するヒットとなった。さらにドラマーにスティーヴ・スミスを迎え79年に発表した『エヴォリューション』は全米チャート20位を記録。翌年発表の『ディパーチャー』は全米8位まで上昇し、バンドの人気もさらに勢いを増していき「Lovin’ Touchin’ Squeezin’」(16位)、「お気に召すまま」(23位)と、シングルヒットも記録するようになった。その後、グレッグがツアーでの疲労などを理由に脱退。
グレッグの後任にジョナサン・ケイン(key)を迎え入れ、ニール・ショーン(g)、スティーヴ・ペリー(vo)、ロス・ヴァロリー(b)、スティーヴ・スミス(dr)の5人で編成されたバンドは、81年に『エスケイプ』をリリース。「Who’s Crying Now」(4位)、「Don’t Stop Believin’」(9位)、「Open Arms」(2位)、「時の流れに」(19位)とシングル・ヒットを立て続けに飛ばし、今なお最高傑作と称される大ヒットとなり、彼らを象徴する作品となった。83年発表の『フロンティアーズ』からは「Separate Ways」(8位)、「Faithfully」(12位)が大ヒット。アルバムは9週連続2位のメガヒットを記録し全盛期を迎えた。86年には『Rased On Radio〜時を賭けて』をリリース。しかしこの頃からバンド内の不協和音が囁かれるようになり、以降バンドの活動が一旦ストップしてしまう。
96年、10年の時を経て、黄金期のメンバー5人で10枚目のアルバム『トライアル・バイ・ファイア』を発表。アルバムは最高3位を記録し、バンドが奏でる王道のメロディック・ロックの変わらぬ人気の高さをみせつけた。しかし98年にスティーヴ・ペリーとスティーヴ・スミスが相次いで脱退。バンドは新メンバーにスティーヴ・オウジェリー(vo)、ディーン・カストロノヴォ(dr)を加えた編成でリスタートを切ったが、その後06年のツアー中にスティーヴ・オウジェリーが体調を崩し脱退。代役にはジェフ・スコット・ソートが迎えられたが、翌年にはバンドから脱退を表明するなど、バンドの存続が危うい状況に陥ってしまう。
ジャーニーの新たなフェーズに向けて、07年12月にフィリピン出身のシンガー、アーネル・ピネダが新ヴォーカリストに迎えられる。ニールがYou Tubeで見つけた逸材で、08年にはアーネルを加えたバンド編成でレコーディングした待望のニュー・アルバム『レヴェレイション』をリリース。本作はアーネルによるスティーヴ・ペリーを彷彿とさせる歌声をフィーチャーし、ビルボード・チャートで最高5位に入るなど、全盛期を彷彿とさせるメガヒットを記録している。
アーネルの加入経緯の珍しさもあって“ロック界のおとぎ話”として世界を驚かせ、後にその模様をつぶさに記録した映画『ドント・ストップ・ビリーヴィン』は大きな話題をさらった。翌年には新生ジャーニーとして来日を果たし、全公演ソールド・アウト。日本公演後、アーネルの地元フィリピン・マニラのスタジアムでの凱旋公演も成功させた。
11年6月、14作目のアルバム『エクリプス』をリリース。その後は精力的に北米ツアーを行なっている。そして13年には、83年以来30年振りとなる日本武道館公演を含む4年振りの来日公演が実現。ソールド・アウト続出の大反響を巻き起こした。17年の来日公演では、日本武道館で大ヒット・アルバム『エスケイプ』と『フロンティアーズ』を完全再現(世界初)するスペシャル公演も行われ大反響を呼び、後にライヴ・アルバムとしてリリースされている。
アルバムのリリースこそ少なくなっては来た頃であったが、2000年代に入った頃も、彼を取り巻く環境は大きく変化し続けていた。アメリカの大人気ドラマシリーズ『glee/グリー』(2009〜2015年)で取り上げられた「ドント・ストップ・ビリーヴィン」がリヴァイヴァル・ヒットを記録。彼らの全盛期を知らない数多くの若い世代にも愛される曲となり、ツアー規模は拡大し、多くの人気バンドを従えたヘッドライナー・ツアーが毎年のように繰り返され、シカゴで開催される巨大フェス「ロラパルーザ」では、会場に詰めかけた若者たちが「ドント・ストップ〜」を大合唱するなど、改めてアメリカの国民的バンドといえるビッグな存在になっている。日本では映画『海猿』(2004年)の主題歌として「Open Arms」がヒット。また、TBS系で放送される野球国際大会のテーマ曲として「Separate Ways」が起用されるなど、彼らの音楽は日本のお茶の間にも浸透している。
24年秋には、【50th ANNIVERSARY TOUR】と冠された7年ぶりの来日公演ツアーも開催。バンド結成50周年を祝う特別なツアーで、追加公演も開催されるほどの盛況ぶりで多くのファンに感動のステージを届けてくれた。
そのツアーの興奮もさめやらぬ中、2025年11月にバンドは、最後のツアーとして【FINAL FRONTIER TOUR】を北米60公演からスタートさせ、2026年から27年にかけて行うことを決定。この発表は世界に大きな衝撃を与え、今後の動向にますます注目が集まる事となった。
そして、そんな彼らの来日もついに決定。その舞台にはこの【THE GREATEST ROCK FUKUOKA】が選ばれた。長年に渡り活躍を続け、数多の人々に愛されているバンドの集大成を会場で余す事なく感じ尽くして欲しい。
NIGHT RANGER / ナイト・レンジャー

1978年「カリフォルニア・ジャム2」にも出演したロック・バンドRUBICONに在籍していたジャック・ブレイズ(vo,b)とブラッド・ギルス(g)に、ケリー・ケイギー(dr,vo)、アラン・フィッツジェラルド(key)、そしてジェフ・ワトソン(g)が集結し、バンド名の改名などを経て、82年に「ドント・テル・ミー・ユー・ラヴ・ミー」など代表曲を収録した1stアルバム『ドーン・パトロール』でNight Rangerとしてのデビューを果たす。2人のヴォーカリストによる卓越したメロディ・センス、ギター・ヒーローとして人気を博すようになるブラッドとジェフのツイン・リード・ギターを中心とするテクニックの高さにより、まず日本において特に高い人気を獲得した。83年に2ndアルバム『ミッドナイト・マッドネス』をリリースし、全米で200万枚のセールスを記録する。直後には初来日公演が実現。シングルも「シスター・クリスチャン」(全米5位)、「ホエン・ユー・クローズ・ユア・アイズ」(全米14位)がそれぞれ大ヒットを記録。名実ともにアメリカン・ハード・ロックを代表するバンドとして全米でも大ブレイクを果たした。
85年、3rdアルバム『セヴン・ウィッシーズ』を発表。シングル「センチメンタル・ストリート」、「フォー・イン・ザ・モーニング」、「グッバイ」が次々と全米チャートへランクインを果たす。それに呼応するように日本での人気も頂点に達し、日本武道館公演を含むジャパン・ツアーは大成功をおさめる。87年には映画『摩天楼はバラ色に』の主題歌に起用された「シークレット・オブ・マイ・サクセス」収録の4thアルバム『ビッグ・ライフ』をリリース。翌年にもアルバムリリースなどコンスタントな活動を続けるが、アラン・フィッツジェラルドの脱退などを経て、バンド活動が一旦解散へと追い込まれてしまう。それでも解散後、ジャックがテッド・ニュージェント、STYXのトミー・ショーらとともにDAMN YANKEESを結成し成功を収めるなど、それぞれ音楽活動を続けた。
96年、急遽オリジナル・メンバーで再結成。来日公演もチケットは即日完売となった。翌年には復活のアルバム『ネヴァーランド』を、さらに1998年には『セヴン』をリリースし、併せて来日ツアーも行うなど積極的に活動。03年にはキーボードに元「グレイト・ホワイト」のマイケル・ローディをメンバーに迎え、久しぶりの来日公演を行うとステージ・パフォーマンスの充実度は再結成以前よりも優れていると称賛された。04年には、ジャックがB’zの松本孝弘氏率いるTMGのメンバーとして日本で大々的な活動を展開した事も大きな話題となった。
07年には9年ぶりの作品となる『ホール・イン・ザ・サン』を発表し、来日公演も実現。翌年には日本でのみ実現したファイアーハウスとのジョイントで来日。さらに11年にはアルバム『サムホエア・イン・カリフォルニア』、14年『ハイ・ロード』のツアーと、コンスタントに来日を果たした。この間、ジェフが脱退し、WINGER〜WHITESNAKEのレブ・ビーチやジョエル・ホークストラ、ケリ・ケリー加入し、ツイン・リード・ギターの一翼を担ってきた。デビュー35周年にあたる17年には『ドント・レット・アップ』を発表し、ここでも来日。ヒット曲を交えた日替わりのセットリストで満員のオーディエンスを楽しませた。19年10月には14回目となる来日公演を行う。大ヒット作品である『ドーン・パトロール』と『ミッドナイト・マッドネス』を完全再現するというコンセプトの特別公演にファン達は歓喜した。
21年8月にはアルバム『ATBPO〜アンド・ザ・バンド・プレイド・オン』をリリース。「それでもバンドは演奏し続ける」と、コロナ禍による特殊な環境で作られたことを強く意識させるタイトルだが、ノリノリのロックから美しいバラードまで、ファンが期待するすべてのものが詰まった作品を作り上げた。22年にはデビュー40周年を記念した来日ツアーを開催し、高い演奏力とエネルギッシュなパフォーマンスの健在ぶりを大いに見せ各会場を大いに沸かせた。
これまでに世界で1,700万枚以上のアルバムを売り上げ、4,000以上のステージで演奏し、10億人を超えるリスナーを魅了してきたバンドは、23年にはライブアルバム『40 Years and a Night with Contemporary Youth Orchestra』を40周年記念しリリース。クリーブランドのキーバンク・ステート・シアターで収録されたこの特別公演では、力強いバンドのサウンドと壮大なシンフォニックな演奏が融合する唯一無二のパフォーマンスをみせた。
25年秋には、ここまでキャリアを重ねてきた中、これまでのようなツアーを軸にした活動スタイルを見直すという所から、フェアウェル・ジャパン・ツアーを開催。39年ぶりの日本武道館公演を含む同ツアーは、彼らとの別れを惜しむ多くのファンが押し寄せ熱狂に包まれた。
そこで見せたパフォーマンスはまだまだ別れを告げるには早いと思わせてくれる、パワーと熱量でその後も彼らの再来を熱望する声は止まず、今回このビッグ・イベントで日本にカムバックする事が決定した。
アリーナ・ロックのサウンドとスタイルを体現しつつも、それをはるかに超える存在感を発揮する彼らのステージを今一度、改めて目撃して欲しい。
BAND-MAID
メイドの見た目とは相反するハードなロックサウンドが、全世界のロック・メタルファンからも支持を受け、いま海外で最も人気のあるガールズロックバンド。全米ツアーでの動員は2万人を超え、YouTubeの総再生回数は2億8000万回を超える。
2026年はWORLD TOURの開催を発表し、アジア、ヨーロッパ、北米での開催に加え、ツアーファイナルは日本武道館2daysとなる。